文鮮明師が演出したレーガン 地滑り的大勝利
ニクソン失脚後の大混乱と自由世界の危機
一九七一年十二月十八日に文鮮明師が訪米し、アメリカを中心に統一運動を展開されたのは、主に次の二つの任務を遂行するためであった。
第一の任務は、アメリカを橋頭堡(きょうとうほ)として、ソ連の世界共産化の野望を打ち砕き、さらに進んで共産主義世界を解放することである。
この神がいないという主義を克服するには、まずアメリカ(特にアメリカ大統領)を動かさなければならない。
事実、アメリカは共産主義に打ち勝つために神が召命しか国であった。
それゆえに、神はこの国を世界最強国家に育てられたのである。
第二は、アメリカを神の下に帰らせ、キリスト教理想国家を実現することである。
キリスト教は第ニイスラエルとも新しい選民とも言われる。
アメリカはそのキリスト教の本山であり、キリスト教が躍動している国である。
また、アメリカは世界中から移民を吸収して建てられた国である。
彼らが言うところのメルティングーポット(人種のるつぼ)である。
これはアメリカがマイクロワールド、すなわち世界の縮小体であることを意味する。
したがって、この国で神の御旨を成就し、地上天国の理念を実現できれば、縮小された世界で天国が完成されたことになるから、それが世界へと拡大して世界天国化か完成するのは時間の問題となる。
以上が、文鮮明先生がアメリカに来られた主要目的であった。
文鮮明先生は最初にニクソン大統領を動かして、第一の意図を果たそうとされた。
しかし、ニクソン大統領は天と文先生を失望させた。
そればかりではない。ニクソンの失敗によって、彼を全面的に助けようとした文先生には、内外両面から大きな悪影響が迫ってきた。
内ではアメリカ世論が悪化して、文師と統一教会に対すふ迫害は激しさを増し、外ではニクソン失脚の機に乗じて、ソ連の世界共産化運動が破竹の勢いで伸展するようになったのである。
弱り目に崇り目で、ニクソン大統領失脚以後、清廉潔白を売り物にする見慣れない政治家が現れて、ある朝、ニクソンの不名誉を踏み台にして立ち上がり、1976年の大統領選挙に当選した。
それがほかならぬ民主党のジミー・カーター大統領(在職1977~81)だった。
彼は共産主義の何であるかを全く知らないリベラル(進歩主義的)で惰弱(だじゃく)な大統領であった。
韓国からの全面撤収を政策網領に掲げて当選した人物であるから、世界の共産化を一歩前進させる役割を果たすことになったのである。
カーター当選は、共産陣営にとっては一大福音と言ってよかった。
こうしてニクソン失脚以後、アメリカには左翼勢力の全盛期が到来した。
反共勢力と呼ばれるものはすべて影を潜め、反共を叫ぶことはアメリカ社会の一つのタブーとなった
「反共」も叫べないのであるから、「勝共」という言葉はどこに見いだせるであろうか。
続き→ 共産圏の伸張を許したカーター”人権外交”
第一の任務は、アメリカを橋頭堡(きょうとうほ)として、ソ連の世界共産化の野望を打ち砕き、さらに進んで共産主義世界を解放することである。
この神がいないという主義を克服するには、まずアメリカ(特にアメリカ大統領)を動かさなければならない。
事実、アメリカは共産主義に打ち勝つために神が召命しか国であった。
それゆえに、神はこの国を世界最強国家に育てられたのである。
第二は、アメリカを神の下に帰らせ、キリスト教理想国家を実現することである。
キリスト教は第ニイスラエルとも新しい選民とも言われる。
アメリカはそのキリスト教の本山であり、キリスト教が躍動している国である。
また、アメリカは世界中から移民を吸収して建てられた国である。
彼らが言うところのメルティングーポット(人種のるつぼ)である。
これはアメリカがマイクロワールド、すなわち世界の縮小体であることを意味する。
したがって、この国で神の御旨を成就し、地上天国の理念を実現できれば、縮小された世界で天国が完成されたことになるから、それが世界へと拡大して世界天国化か完成するのは時間の問題となる。
以上が、文鮮明先生がアメリカに来られた主要目的であった。
文鮮明先生は最初にニクソン大統領を動かして、第一の意図を果たそうとされた。
しかし、ニクソン大統領は天と文先生を失望させた。
そればかりではない。ニクソンの失敗によって、彼を全面的に助けようとした文先生には、内外両面から大きな悪影響が迫ってきた。
内ではアメリカ世論が悪化して、文師と統一教会に対すふ迫害は激しさを増し、外ではニクソン失脚の機に乗じて、ソ連の世界共産化運動が破竹の勢いで伸展するようになったのである。
弱り目に崇り目で、ニクソン大統領失脚以後、清廉潔白を売り物にする見慣れない政治家が現れて、ある朝、ニクソンの不名誉を踏み台にして立ち上がり、1976年の大統領選挙に当選した。
それがほかならぬ民主党のジミー・カーター大統領(在職1977~81)だった。
彼は共産主義の何であるかを全く知らないリベラル(進歩主義的)で惰弱(だじゃく)な大統領であった。
韓国からの全面撤収を政策網領に掲げて当選した人物であるから、世界の共産化を一歩前進させる役割を果たすことになったのである。
カーター当選は、共産陣営にとっては一大福音と言ってよかった。
こうしてニクソン失脚以後、アメリカには左翼勢力の全盛期が到来した。
反共勢力と呼ばれるものはすべて影を潜め、反共を叫ぶことはアメリカ社会の一つのタブーとなった
「反共」も叫べないのであるから、「勝共」という言葉はどこに見いだせるであろうか。
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