文鮮明師こそ共産主義崩壊の仕掛人
世界最強の新聞”ワシントン・タイムズ創刊
ソ連を「悪の帝国」と呼んだレーガン大統領だが…
文鮮明師はこのアメリカ言論界の横暴を骨身に染みて知っておられた。
そこで一九七八年十月、「世界言論人協会(World Media Association WMA)」を創設されたのである。
そして、当時ニューズ・ワールド社の社長であった私が、この協会の会長となった。
世界言論人協会のスローガンは極めて鮮明であった。
「言論の自由なきところへ言論の自由を! 言論の自由あるところへは責任ある言論を!」
文鮮明師は、その「責任ある言論」は同時に「道徳言論」でなければならないと宣言された。
「道徳言論」とは世界が初めて聞いた言葉である。
それは、神の真の価値観に立脚した道徳的言論でなければならないという意味である。
文鮮明師のみが語り得る歴史的な言葉であった。
それに先立つ一九七六年十二月三十一日に、宗教指導者の文先生が「ニューズ・ワールド社」を創立されたのも、これまで述べてきた無責任な言論と戦うための武器とするためであった。
「目には目を、歯には歯を」の大原則に従って無責任な言論と戦おうと思えば、やはり言論の力に頼らなければならなかった。
しかしこの勇気ある努力も、アメリカ言論界の専横を防止し、牽制するという意味では、湖水に一個の石を投ずる程度の効果しかなく、決壊したダムをシャベルで防ごうとするに等しいものであった。
以上の困難な状況の下で、反共主義者のロナルド・レーガンが天運に乗り、アメリカ合衆国第四〇代大統領として登場してきたのである。
アメリカのリベラルで容共的な(共産主義に甘い)言論界がこれを歓迎するはずがない。
彼らは飢えた狼のようにレーガン大統領に攻撃を仕掛け、レーガンの威信を失墜させるためにあちこちで陰謀を企てた。
こうなると、ソ連を「悪の帝国(Evil Empire)」と呼ぶ気丈なレーガンと言えども、持ちこたえるだけの力量がなかった。
レーガン大統領は守勢に追い込まれた。
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アメリカ随一の保守系新聞の廃刊
これに拍車を掛けるように、もう一つ不利な事態が発生した。
アメリカ唯一無二の保守系紙として、百二十八年間栄えてきたワシントンの著名な夕刊紙「ワシントン・イブニング・スター(The Washington Evening Star)」が廃刊の憂き目を見たのである。
一九八一年八月、レーガン大統領が就任した同じ年に起こった出来事である。
アメリカの唯一無二の保守系紙が倒れてしまえば、レーガン大統領はもはや無力である。
レーガン政権は一片の葉舟のように孤立無援で漂流するほかなかった。
リベラルなマスメディアは毒針を剥き出しにして、ここぞとばかりにレーガン大統領に襲い掛かった。
左翼言論の毒を含んだ攻撃は、保守言論がこれを防御してやらなければならない。
ところが、アメリカの首都ワシントンには今やその役割を果たすメディアは一つもない。
レーガン政権は敵中に露出された城壁のない楼閣にも等しかった。
ワシントンは名実ともにワシントン・ポスト紙の独裁下に置かれるようになった。
この事態に驚いたホワイトハウス当局は、米国屈指の保守系財閥総帥五人をホワイトハウスに招いて、ワシントン・イブニング・スター紙の復活、あるいは保守系日刊紙の創刊を積極勧誘した。
しかし、保守財閥のオーナーたちは一人ずつ辞退し、結局一人も残らなかった。
理由は簡単である。採算が取れないということである。
イブニング・スター社は破産する前、アメリカ出版界の巨星であるニューヨークのタイム・ライフ社によって経営されていたが、年に三千五百万ドルもの赤字を出し、最後まで収支改善の見通しを立てられなかった。
この事実をよく知る財閥オーナーたちは、タイム・ライフ社でもできなかった仕事をわれわれがどうしてできるのか、と匙を投げたのである。
レーガン大統領をなんとしても当選させようとすべての情熱を傾注された文鮮明先生は、この事態をしばらくの間注視しておられた。
ある時は、私に向かってこう語られた。
「この広いアメリカに真の愛国者がいないとは到底考えられない。やはり新聞はアメリカ人がやるのがいい。それに新聞を知っている専門家がやらなければならない。どこからかそういう人が現れるだろう」
文先生が期待した篤志家は、いつまで経っても現れなかった。
ワシントン・ポスト社はこの機会を逃さず、ワシントンという言論市場に誰も参入できないようにするため、ワシントン・イブニング・スター社の破産した施設と輪転機を全部廉価で買収してしまった。
その輪転機が必要だったからではない。
その輪転機を買っておけば、仮に誰かが現れて新聞事業をやろうとしても、すぐ使える輪転機がないので、新品の輪転機を注文して入手するまでに少なくとも二、三年はかかるからである。これによって、イブニング・スター紙復活の可能性は完全に消え去った。
この時に至って、文鮮明先生は語られた。
「このまま行けばアメリカは滅びる。
アメリカが滅びれば世界が滅びる。
どうしてこれを座視することができようか。
統一教会を犠牲にすることがあっても、今はわれわれがワシントンに『勝共日刊紙』を作るしかない。
このまま放っておけば、レーガン大統領は窒息枯死してしまう」
これは文鮮明先生が神と交信した後の悲壮な決断であった。
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